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広島地方裁判所三次支部 昭和50年(ワ)27号 判決

原告 樫本能章

被告 国

代理人 河村幸登 安友源六 ほか八名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  原告が広島県三次市十日市町二五二五番地の北側に沿つて流れる一級河川馬洗川の左岸水管橋の南詰橋脚まわりから約五〇メートルの所に居住していること及び昭和四七年七月広島県北備地方を襲つた集中豪雨のため、同月一二日早朝原告方裏手の馬洗川堤防が決かいしたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件堤防決かいの原因について、決かい個所に桜樹があり、これが激流にゆさぶられて根元の盛土を崩壊させるなど、堤防が十分な強度を有しておらず、かつ堤防高が国の定める基準に達していなかつたからであり、その点において国の本件堤防の設置・管理に瑕疵があると主張するので、この点について検討する。

三  そこで、まず、本件堤防決かいに至るまでの経過を検討してみるに、<証拠略>によれば、本件決かい個所における馬洗川の水位は、昭和四七年七月一一日午後三時ころには堤防の天端まで約三〇センチメートルにまで達していたが、その後も水位は上昇し続け、翌一二日午前二時ころには水は堤防の天端を越えて堤内に溢水し始め、しかるのち同日午前二時三〇分ころ本件堤防が決かいしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  次いで、本件堤防の強度が不足していたか否かについて検討するに、堤防高が国の定める基準に達していなかつたことは当事者間に争いがないほか、堤防の巾、法の勾配等については本件全証拠によるも明らかでない。また、本件決かい個所に樹木が生立していたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、右樹木は根元の太さが直径四〇センチメートル前後、高さ約三メートルの桜樹であり、堤防の天端部に近い法の部分に枝を水面に向けて生立しており、七月一一日午後三時ころには幹の下部の方が水没していたことが認められる。<証拠略>は右桜樹が水のためぶらぶらになつていた旨証言し、原告本人は桜樹はほとんど水没していた旨供述するが、<証拠略>によつて認められるその生立位置に照らしてにわかに措信し難い。そして本件全証拠によるも、右桜樹が水にゆさぶられたために堤防の地盤がゆるみ本件堤防決かいがもたらされたものと認めるに足る証拠はない。

また、河川の水が溢水して堤内に流入した場合、その溢水が堤防の裏法を浸食して堤防の決かいを起すことがあることは公知の事実であるから、本件堤防が決かいしたこと自体をもつて、本件堤防の堤体の強度が不足することもまたできない。

五  ところで、本件堤防の高さが、国の定める基準に達していなかつたことは当事者間に争いのないところであり、<証拠略>によれば、本件決かい個所における計画高水位は標高一五七・三七メートルであり、余裕高が一・二メートルであるから前記構造令(案)によつて国が安全な堤防高として定める基準は標高一五八・五七メートルとなるのであるが、本件決かい個所の堤防高は標高一五八・三〇メートルであつたことそして本件災害時には右地点における最高水位は標高一五八・五一メートルであつたことが認められる。

そこで、本件堤防高が国の定める基準に達していなかつたことと本件溢水との因果関係について検討するに、<証拠略>によれば、本件災害時における馬洗川上流の南畑敷水位流量観測所の水位は標高一六〇・二八メートル、西城川上流の三次水位流量観測所の水位は標高一五九・一一メートル、下流の江の川と合流後の尾関山水位流量観測所の水位は標高一五七・二三メートルであることが認められ、さらに溢水や破堤がなかつたものと仮定して現実には河川外に流出した水量も河川内を流れるとした場合の本件決かい個所における水位を算出すると、標高一五九・〇五メートルとなることが認められる。右事実によれば本件堤防が仮に国の定める基準の高さに達していたとしても水位はそれをさらに四八センチメートル上回ることとなり、溢水は避けられなかつたものと認められ、本件堤防の高さが現実には右基準に二七センチメートル不足していたことと本件の溢水破堤とは因果関係はないものといわなければならない。

六  以上要するに、本件堤防がそこに生立していた桜樹によつて地盤がゆるむなどして十分な強度を有していなかつたために決かいしたとの点については証拠がなく、堤防の高さが国の定める基準に達していなかつたとの点については認められるものの、これと本件溢水破堤との因果関係は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山森茂生)

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